村上春樹最新作『1Q84』を読んで


久しぶりに小説を読んだ。


村上春樹の最新作『1Q84』である。


1Q84 BOOK 1

1Q84 BOOK 1


1Q84 BOOK 2

1Q84 BOOK 2


読み出してすぐの感想は、僕が村上春樹の中で一番好きな作品
『世界の終わりとハードボイルドワンダーランド』に近い世界観だと感じ、
期待感が高まった。


世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド〈上〉 (新潮文庫)

世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド〈上〉 (新潮文庫)


世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド〈下〉 (新潮文庫)

世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド〈下〉 (新潮文庫)


とはいえ、『海辺のカフカ』を読んだときにも、
同じような感想を抱いたので油断は禁物である。


海辺のカフカ (上) (新潮文庫)

海辺のカフカ (上) (新潮文庫)


海辺のカフカ (下) (新潮文庫)

海辺のカフカ (下) (新潮文庫)


例のごとく、2つの別々の物語(今回は「青豆」と「天吾」)が、
章ごとに繰り返し入れ替わり進行していく。


そして週刊で発行されているマンガ雑誌のように、
「続きが気になる!」というところで、
もうひとつの物語へと章が変わってしまい、
どんどんと読み進めてしまった。


そして、読み進めていくうちに、
最初は無関係に進んでいるようにみえた2つの別々の物語の間に
徐々に共通点が見出されていく。


果たしてその2つの物語はどこでどのように結びつくのか?
無意識に期待している何らかのハッピーエンド的な結末に
物語はたどりついてくれるのか?


このような構成で読ませる作家は、やはり村上春樹
伊坂幸太郎ぐらいだなーなどと思いつつ読み進める。


そんな感じで最後まで読んだ読後感は、
「やや物足りない」といったところであろうか…


しかし、それもまた村上春樹の狙いなのかもしれない。
この作品には続編があるかもしれないという噂もある。


読み終えた結論としては、この『1Q84』は、
少なくとも現時点では村上春樹の最高傑作とは呼べない
と個人的には思った。


やはり僕の中では、依然として村上春樹の最高傑作は、
『世界の終わりとハードボイルドワンダーランド』のままである。


しかし、村上春樹の中で、「何かが変わったのかもしれない」という
気が『1Q84』を読み終わったあとになんとなく感じた。


「自意識の中に埋没していく自分との終わらない戯れを楽しむ」というのが
これまでの村上春樹の作品を読んだ後に共通して抱いた感想である。


しかし、『1Q84』は、ただ「自意識の中に埋没していく自分」のままで
いることをもう許してはならない、というエポックメイキングな作品だったと
将来的に振り返られるのではないだろうか?


今回の作品は、オウムの事件の被害者や加害者への取材が出発点だったと
本人が語っている。


http://www.yomiuri.co.jp/national/culture/news/20090615-OYT1T00846.htm


(引用開始)


新作「1Q84」オウム裁判が出発点…村上春樹さん語る


7年ぶりに新作長編「1Q84」を発表、話題を呼んでいる作家の村上春樹氏(60)が今月上旬、
読売新聞の取材に東京都内で応じ、「オウム裁判の傍聴に10年以上通い、
死刑囚になった元信者の心境を想像し続けた。それが作品の出発点になった」などの思いを明かした。
今回の小説を刊行後、村上氏がインタビューに答えたのは初めて。


オウム事件について村上氏は、
現代社会における『倫理』とは何かという、大きな問題をわれわれに突きつけた」とし、
この事件にかかわることは、犯罪の被害者と加害者という
「両サイドの視点から現代の状況を洗い直すことでもあった」と語った。
また、「僕らの世代が1960年代後半以降、どのような道をたどってきたか。
同時代の精神史を書き残す意図もあった」と述べた。


 こうした社会的な問題意識を背景とする本作は、長い年月、
互いに思い続ける30歳の男女を軸にした大胆なストーリー展開で読者を引きつけ、
1巻が62万部、2巻が54万部の計116万部(15日現在)。
版元の新潮社によると、購買者は30代以下が過半数を占める。


 村上氏は、「大事なのは売れる数でなく、届き方だ」と強調し、
「作家の役割とは、原理主義やある種の神話性に対抗する物語を立ち上げていくことだと考えている」
「インターネットで『意見』があふれ返っている時代だからこそ、『物語』は余計に力を持たなくてはならない」
などと持論を述べた。1・2巻で描かれるのは「1Q84」年の半年分。
続編を期待する声が早くも上がるが、「この後どうするかということは、ゆっくり考えていきたい」と答えた。


ノルウェイの森」などの小説が英語や中国語、ロシア語など40言語以上に翻訳されている村上氏は
「今後、欧米と東アジア間の差は縮まり、文化的なやりとりは一層盛んになる」として、
「僕が日本から発信できるメッセージは必ずあると思う」と力強く語った。


(2009年6月16日03時03分 読売新聞 引用ここまで)


村上春樹オウム事件のかかわりといえば、


アンダーグラウンド (講談社文庫)

アンダーグラウンド (講談社文庫)


という本がある。恥ずかしながら読んだことはないが、
この本を書き始めたことで村上春樹の中に生まれた新しい流れ、
そのひとつの結晶が『1Q84』なのであろう。


かつての村上春樹の著作の真骨頂である
「自意識の中に埋没していきその戯れを楽しむ」という世界に深く迷い込んだ先として
この世の中に現実にその受け皿として存在するのは「カルトと呼ばれる宗教」だということに
村上春樹オウム事件を通して気がついたのではないだろうか?


1Q84』では、その結末はともかく、
自意識に埋没していく自分と向き合った上で、それを克服し、
(それがどんな世界であれ)現実世界と再び向き合い生きていくことを
読者に暗に促しているように感じるのである。


月が2つになることはないとしても、
やはり今、時代は転換期を迎えているのかもしれない。


新興宗教が母体である政党が与党入りしてから何年もたち
その政党が与党であるのがあたりまえの風景となり、
K福のK学という新興宗教までもが政党を立ち上げた2009年。


われわれは、村上春樹さえもが、
「自分自身という殻にこもってうじうじすることを許さない」という
今までとは違う『200Q』年に迷いこんだのかもしれない。


その事実を自らが示すように、あれだけマスコミ嫌いで
人前にその姿をさらしだすことを拒んでいた村上春樹本人が
エルサレム賞の受賞をうけて、
自ら現実世界に向けてメッセージを放ったりしているのだ。


http://www.youtube.com/watch?v=hDwvO64S9B4


「青豆」のように絶望せず、
「天吾」のように自分とって大切なものを見つめなおし、力強く
この変わり行く世界をサバイバルしていくしかないのであろう。


てか、「青豆」はきっと「絶望」なんかしてないかもしれないけど。
それでもやはり、人間はどこまでいっても動物だから、
どんな理由があってもサバイバルせなあかんのよ、きっと。